誰かを尊敬することは、誰かを軽蔑することと表裏一体だと考えを示すことは、人間性を疑われるきっかけになってしまうだろうか。
逆に、誰かを軽蔑することは誰かを尊敬することにつながると考えることはどうだろうか。

コメント

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2008年9月30日1:34

 こんわです。はじめまして。足跡ありがとうございました。

 例えば私はご飯を残さずにきちんと(全部)食べる人を尊敬します。その反対で、食べようと思えば食べきることができるものを、ハンパに残して恥じない人は、軽蔑しています。また、その人の支持政党がどこであれ、その人なりによく考えて選挙に(投票に)行く人を尊敬していますし、なにも考えずに「関係ないや」と選挙に行かない人は、軽蔑しています。
 誰かを何らかの行動や思想を基準として尊敬することは、その反対の行動や思想を持つ人を軽蔑することと、表裏一体。
 それはなにもおかしな考え方ではないと思います。

かわず
2008年10月1日1:02

桐木りすさん、はじめまして。

尊敬することと軽蔑することはつながっていますよね。
「人の良い面だけをみるべき」という考え方はどうなのかということから、こういう考えに至りました。良い面だけを見るなんて不可能じゃないかと思って。

霧木里守≒畑楽希有(はたら句きあり)
2008年10月1日3:28

 そうですね。というか、何をもってその人の「良い面」「悪い面」とするかの基準は人それぞれで、絶対の善悪なんてものが有るはずもないと思うし、あくまでも「自分にとって」好ましい部分かどうか……ということしか判断は出来ないと思います。
 それをわきまえた上で、その人の嫌いな面を強調して「嫌なやつだ」と思い敬遠してしまうのか、「この人にもこんな良い部分もあるのだし」と思って親しくつきあうのか、どちらが自分の生き方にとってプラスかマイナスか。それを考えて判断していく……というほうが賢明なのではないでしょうか。

かわず
2008年10月1日21:52

結局、自分にとってプラスになるかどうかという判断が働くということですかね。

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