4月4日の日記

2010年4月4日 日常
練習で100%の力を出していなければ、本番で力を発揮できるわけがない、
と思っていたけれど、
自分は実は練習で100%の力をだそうとしていなかったかもしれない。
いや、力をフルに出そうと考えてはいたのだけれど、無意識のうちに「これは練習だし」と思っていたのかもしれない。
本番でできることがあるなら、それを練習からやらなければ、自分の実力は伸びていかないはず。
本番に近い状況に自分の身を置いたら普段の練習ではでないような集中力が出たので、本番と同じような集中力で練習にも取り組もうと思った。

4月3日の日記

2010年4月3日 日常
不安に襲われることがあっても、どうにかなるものではない。
逃げることはできない。とにかく向き合うしかない。
まあ、人生いつもそうなんだろうけど。

3月26日の日記

2010年3月26日 日常
カープが開幕戦を勝ったのでうれしい。
しかし、ノーアウト1・2塁で7番打者に送りバントをさせるというのはどうなんだろうか。
新監督の方針なのかもしれないけど、
1・2塁での送りバントって成功しにくいはずだし、
仮に送りバントが成功したとしても、8番打者と9番打者の打力に期待するというのも・・・。
それだったら、ノーアウト1・2塁の段階で、7番打者に自由に打たせた方がよいと思うのですが。

3月19日の日記

2010年3月19日 日常
寝ようとして布団に入ったけど、
なぜか苦しい体験をしたときのことを思い出して眠れなくなった。
もう何年も前のことなのに思い出してしまう。

3月16日の日記

2010年3月16日 日常
偽善が悪だとは思わない。
けど、偽善は行動を伴ってこそ意味があると思う。
偽善であっても、それに行動が伴っているなら、それに文句を言う筋合いはない。
逆に、言葉だけの偽善と言うのは何も生産しない。意味がないかっこ悪いもの。

3月14日の日記

2010年3月14日 日常
自分の進路について、自分自身はAという道に進むために努力を続けたい。
しかし、親はAという道に進むことは難しいからBという道を勧めてくる。
もちろん、Aという道が難しいということは重々わかってるし、
Bに進む道も考えたほうがよいというのもわかる。
けれど、自分としてはAという道に進みたい。
とにかく頑張ってAという道に進みたい。
親が考えていることもわかるけれども、親の言うことを無視してでもAという道に進むために努力したい。

3月5日の日記

2010年3月5日 日常
チームの中で「公平」を維持することはかなり大事なことだと思う。
誰かと誰かの間で扱いに差が生じてしまうと、それだけで不協和音が出る。
差を生じさせないためには、チーム全員に対する待遇を悪くして公平を保つというのもありだと思う。
チーム全員に対する待遇が良くなるのが理想かもしれないけど、それが無理なら全員の待遇を悪くするという選択をする。
全員に対する待遇をよくしようとして、中途半端に一部の人だけの待遇が良くなり、公平にならなくなることが一番悪い。
将来の青写真を描けていないのならば、
その人に何かの目標を達成する資格はないのかもしれない。
そうならば、今の自分に目標を達成する資格はない。
相手のことを大人として扱うのは、普通の場面だったら必要なこと。
でも、「相手も大人だから」と考えて干渉しないことは、相手のことを思いやらないことの言い訳になり得る。逆に、干渉しないことが相手のことを思いやっていることになる場合もある。
結局バランスだよね。ただ、ある行動をすること(しないこと)について、自分を守るためだけの理由付けをするのはかっこ悪い。

2月14日の日記

2010年2月14日 日常
人間は、自分を否定するところから成長するのかなと思う。
もちろん、肯定することが必要なこともある。
でも、自分のことを肯定したままだと、現状維持するだけで自分の成長にはつながらないことが多いと思う。
自分を成長させたいなら、まず自分のことを否定するところからはじめないといけない。

2月10日の日記

2010年2月10日 日常
環境を変えたい、と思うのは自分が成長したいからなんだろう。
確かに、環境を変えたほうが成長することが多いとは思う。
けれど、現状を維持したほうが成長が果たされる場合もある。
結局、環境を変えたほうがいいかどうかなんて正解なんてわからない。
自分が正しいと思うやり方を選択していくしかない。

1月26日の日記

2010年1月26日 日常
ちょっとやそっとのことで心を乱されない精神力がほしい。

1月25日の日記

2010年1月25日 日常
追い込まれているときは、
自分がやってきたことを信じるしかない。

1月18日の日記

2010年1月18日 日常
今日は、自分が大きく勘違いしていたことを指摘された。
ある意味常識といえるものを勘違いしていたので、気づけてよかった。
でも、他にも自分では正しいと思っているけど、本当は勘違いしていることがある気がする。
そういうのは早めに気付きたい。

1月16日の日記

2010年1月16日 日常
自分の欠点と言うのはよく目に付いてしまうけど、自分の長所に気付くことはそんなに多くない。
けれど、自分の長所を認識しておくことって重要だよね。
ふとしたきっかけで、「あ、これは自分の長所だ」って気付くことがあるし。
人の意見を素直に聞ければ自分の糧となる、
と、尊敬する先輩が言っていた。
最近、その意味が真に理解できるようになってきた。
自分の意見を言ったとしても、自分の糧とはならないことが多いんだよね。
それよりは、他の人の意見を聞いて自分の中で消化しようとする方が、自分のためになっていたりする。

1月4日の日記

2010年1月4日 日常
明けましておめでとうございます。
今年は結果がどう転んでも、自分にとって激動の1年になることは間違いない。
その過程で思ったことをこのブログに書き残して行きたいと思います。

12月28日の日記

2009年12月28日 日常
人間誰しも、自分や自分につながる人を認めてもらいたいものだと思う。
でも、たとえ誰にも認めてもらえなくとも、自分の信念のみを貫いて道を拓いていける人が本当に強い人なんじゃないか。
誰にも認めてもらえないという逆境を耐えることができるか、それを乗り越えることって結構重要なことかもしれない。
そういう逆境に耐えることができるように普段から何をすべきか、どんなときも人に認めてもらおうとしない、人の評価を高めることを目的とせず自分の信じることのみをやろうとするのがいいんじゃないか。

12月25日の日記

2009年12月25日 日常
この広い宇宙の中で人間のやっていることなんて全てちっぽけなこと、
みたいな気持ちになるにはどうしたらいいのだろうか。
そんな風に物事を達観できる人間になりたい。

12月19日の日記

2009年12月19日 日常
自分以外の人との心の繋がりがほしいと思うことがある。
けれど、心の繋がりって何なのか。
その人のことを知れば心を繋げることになるのか。
ほとんど会ったことがない人同士でも、心の繋がりが深いことがあるんじゃないか。
何があれば心の繋がりがあるといえるのかわからない。

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